2010年3月7日

好きなことをやれ、は正しいか

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先日就活中の人とやりたい仕事につくことは本当に大事なことなのか、ということで少し議論になった


ぼくは答えはNOだと思ったが、彼は絶対に大事だと言っていた

これに関しては経済学101の過去のエントリでもふれられていたが、ぼくは青木さんの意見に全く賛成だ
つまり大事なのは「なにをやりたいか」ではなく「どういう人生を送りたいか」と言うことだと思う



しかし好きなことをやるのが悪いことなのかというと全くそうではない

それではそもそも仕事とは何か
それは要は自分の労働サービスに対して報酬をもらうという行為のことである

報酬をもらわないのは仕事ではなくボランティアであり、報酬をもらうというのが肝だ

それではなにに依存して報酬が決まるのか


一生懸命働いたかどうか?
それでは年収100万円の人よりも年収1000万の人の方が10倍働いたのか?
それは違うだろう むしろ逆だと思う

それではなにか?


それは提供したサービスの量、これすべてに尽きる

つまり自分がした仕事を通して与えたサービスの量(これはサービス業だけというわけではなく、野菜を作ってるにしても最終的なその野菜が与える効用つまりサービスとして考えればすべての仕事に関して当てはまる)が高ければいくらでも報酬は高くなる


要するに年収1000万の人は自分がした仕事によって与えたサービスまたは効用の量が年収100万の人より(厳密にかどうかはわからないが、少なくとも社会が判断した基準として)10倍であったということにすぎない



それではなぜ成功した(なにをもって成功かは自分でもよくわかってないが)人たちは自分の好きなことをやってると言う人が多いかというと、それは好きだからこそ報酬ではなく、自分が与えているサービスそのものに集中できているから、つまりお金のことは逆に忘れているのである


先日NYでSMOKEというすばらしいJAZZの演奏を聴かせてくれるレストランに行った
ここで食べていて思ったのはレストランにしてもなににしても利益が最初に来ているところは絶対にはやらない
費用や利益を第1に考えてる店は絶対にもうからない
そうではなく本当にお客様を喜ばせたいと考えている店が本当にもうけている店だ
そもそも自分が客としてどちらの店にお金を払いたいかと考えればよくわかるし、これは実際にレストランで1年半働いていたからよくわかる 特に飲食はまさにそうだろう


つまり少し話がそれたが、好きなことをしているというのは自分が提供しているサービスに没頭できるのだ
だからその与えたサービスと報酬が等価であるので必然的に報酬もよくなり、社会的にみれば成功した人と言うことになるのだろう

だからといって全員がこうなれるかというとおそらく無理だろう むしろかなり限られた一部の人だと思う

なぜならそこに至るプロセスはおそらくかなり厳しいからだろう
これはぼくは経験したことないからよくわからないが、そうした人たちのほとんどが一度どん底を経験しているというのは事実だ

しかし多くの人はそのプロセスを無視、というか知らないで好きなことをして稼いでいることほどいいものはないというだけで好きなことをやろうとする


つまりぼくが言いたいのは、
好きなことをやれと言うこと自体はわるくないが、そうしたリスクなどを全く無視してやろうとするのはきわめて危険である
ということだ

そもそも実際にその仕事を自分が本当に好きかどうかなんてわかるのはむずかしい

そうしてやってみて理想と現実の間で悩み葛藤することは成功どころか人生を不幸にすると思う



こうした理由でぼくは彼とは対立した

それではなにが大事か、というと「どのような人生を送りたいか」ということ

そこでもし自分は厳しくても好きなことをしたい、という風に覚悟を決めた上で目指そうとするのならばそれはそれはそれでいいことだと思う


つまり就活などでまず考えることは
何をやりたいか、ではなくどう生きたいか
つまり自分の価値観をきちんと正しく認識することではないかと思う


仕事は理想の人生の手段であって目的ではない


そうした認識の元で決めていくのが自分の為にも、最終的には社会の為にもいいのではないかと思う


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