2010年9月18日

「東大オタク学講座」

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「東大オタク学講座」 岡田斗司夫

評価:4.2





元ガイナックス代表取締役で自称オタキングの岡田さんが東大で開いたオタク論ゼミをまとめたもの

オタク道に入るための作法を学ぶための本だ


目次
光のオタク編
1講 ゲームクリエイターのアノマリー分析(ゲーム概論)
2講 日本アニメの思想と根性と美学(アニメ概論)
3講 エフェクトアニメ進化論(アニメ各論)
4講 あくなきオタクなまんが読みになる方法(まんが概論)
5講 民主主義的に正しいスーパーヒーロー(まんがとアメコミ)
6講 まちがいだらけの現代科学(オカルト概論)
7講 妄想戦士たちの栄光と影(オカルト各論)
闇のオタク編
8講 現代アートの超理論
9講 ゴミ漁り想像力補完計画
10講  終わりなき「やおい」の野望
11講  日本核武装論
12講  愛と誠の変態講座
13講  敗られざる「ゴーマニズム宣言」


本書はまずオタクの定義から入る
もともとオタクとはある特定の人種、アニメやまんが、ゲームなどにハマっていて紙袋下げている奴を指す言葉ではありません。そういった人々がバックグラウンドとして持っている文化の総体が「オタク」なわけです。この文化に首まで浸ってしまうとだんだん太ってきたり紙袋下げたりするようになるというだけのことであって、何らかの遺伝子を持つ特定の人種が「オタク」になるわけではありません。
得てして「オタク」と言う言葉には偏見があるが、一般的に考えられている「オタク」という概念は甘いことが次の言葉でわかる。
さて、ここで一つとても重要な問題として、「オタク」はいったい「ファン」や「マニア」とどう違うのかという点を明らかにしなければなりません。
「ファン」というのは、対象が好きでたまらないという状態。
(略)
だから「エヴァンゲリオンの綾波レイがイイ!」と叫んでいるようなのは、これはオタクではなくて「ファン」なんです。
これが高じて「マニア」になると、対象そのものよりもそれに対する研究や収集の方にのめり込んでいくようになります。アイドルのコンサートに行っても、ステージの上にいる女の子なんかろくに目もくれず、メモを片手に「ああ、今日はイントロが何秒だった」とか「ここの振り付けがちょっとズレていた」とか、そういうチェックに熱中しているという、つまりはこれが「マニア」ですね。
(略)
つまり「ファン」や「マニア」と「オタク」の差は、対象と自分との関係を振り返れるかどうかなんです。
(略)
「銀河旋風ブライガー」が好きなら、ただ「ブライガーがいい!」と叫んだりあらゆるアイテムをコレクションしたりするだけでなく、「なぜ「銀河旋風ブライガー」と言う作品が自分にとって素晴らしいのか、特殊なのか」を自分の言葉で語らなければならないのです。当然、これには「好きなだけ」「集めるだけ」とは一線を画した、高度な知性が要求されるでしょう。


そうオタク道に入るためには生半可な努力ではだめだということ。
真にオタクの人というのはそのために多くの代償を払い時間とお金をつぎ込み一つの対象を極めているような人物であって、本来は尊敬されてしかるべき存在だと思う。

実際本書でも触れられているが、日本が世界に誇れる文化というのは食を除いてオタク文化ぐらいでないのかとも思う
いつしかシェークスピアを知らずにイギリス人と話せないように、ガンダムを知らずに日本人とは話せないという日がくる(かもしれない笑)


オタクになるのがいかに難しいかをわかったところで実際に本論に移ると、「オタク文化」がいかに奥の深いものかということがわかる
とりわけ宮崎駿は化け物だということもよくわかった


アニメ、ゲーム、まんがなどどこから入るかは自分次第なのだが、一つ一つに広大なバックグラウンドがあることは知っておくべきことだろう


しかし目次にもあるように後半の方にいくとさすがに引いてくる笑
ゴミ漁り、やおい、変態性研究と実際にこういう人いるんだぐらいの人物が講師として登場してくるのだがまぁこれもオタクの一側面なのだろう


それぞれの人生の時間は限られている
したがって、アニメにすべてを費やすもよし、オタクと無縁の人生を歩むもよしだと思うが、なにか一つのことを極めている一っていうのはかっこいいなぁと思った

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