2010年7月27日

「愛と幻想のファシズム」

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「愛と幻想のファシズム」 村上龍

評価:4.9







圧倒された

こんな長編にも関わらずここまで完成度が高く、最後の結末に向かって収束していく

正直最初に読み始めたときにはこんな壮大なストーリーとなるとは予想していなかったが、読み終わったあとしばらくなにも考えられないくらい圧倒された


この小説は南米諸国のデフォルトに端を発した世界的な経済的・政治的不安定な世の中を時代背景とした物語


主人公でハンターである鈴原冬二がカリスマとして混迷の日本そして世界情勢に対し政治結社「狩猟社」を立ち上げる


官僚をはじめ自衛隊、ハッカーからテクノクラートまで優秀な人材がトウジに魅了され狩猟社に入り勢力を増やしていく


世界は超大型コングロマリット「ザ・セブン」が経済的優位を軸に世界を支配し、さらに日本をアメリカの奴隷化させることを試みる


そんな時にカリスマとして鈴原が躍り出るが、トウジの真の目的は、人間を動物にする、すなわち強者が生き残り弱者は淘汰される生態系に戻すことを実行していくことだとは誰一人知らずに



ファシストだが読んでいる自分もつい引き込まれてしまうものがあった
それは明確なビジョンであったり、真実のようなものであったりそうした確かなものをもち、どう考えても論破できないようなすごさがあると感じた
あたかもそれが真理であるような


第二次世界大戦でヒトラーは政権を取ったが、今になって考えればドイツ国民はなぜあんなにも熱狂したのかと不思議に思うが、この本を読んでみて自分がその状況に置かれたら確かに信じてしまうような気にもなってしまった


またこの作品のすごいさはなんといってもストーリーの完成度の高さにある
著者はこの本を書くに当たり経済学を含む様々な分野の本を数百冊読んだらしいが、それでもここまで説得力のあるストーリー、作中にでてくるシナリオを考えられることは驚異だった

個人的に印象に残ったのは狩猟社のST班と呼ばれる天才ハッカー集団
核を除くと「情報」が最終的な世界を破滅へと向かわせることができる手段になりうるという点がすこし怖かった

ちなみに鈴原トウジによれば「情報」「快楽」がその人間を決める全てだと述べていた

この中にも「情報」が入っていることは興味深かった


最後に、あとがきにこう書かれていた

わたしはこの作品でシステムそのものと、そのシステムに抗する人間を描こうとしたが、それは大変な作業で、困難の連続だった。
私には自分でもわからないのだがシステムへの憎悪といったものがあり、これまでの作品でもそのことは必ずメインテーマとなってきた。
そして、本書でついにシステムを全面的に支え、ある時にはシステムそのものとなる経済と出会ったのである。


人々は変化を嫌う
しかし既存のシステムを破壊し新たなシステムを創造することができる人物をカリスマというのかもしれない

そういう意味では鈴原トウジはカリスマだった


しかし僕としてはこの小説が現実とならないことをただただ祈るのみである

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