2010年3月9日

中学の同窓会で学んだこと

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昨日中学の時の同窓会があり、少ないながらもみんなと会ったが、久しぶりに再会したうれしさと同時に昔と一緒ではないという寂しさがあった

もちろん外見や性格などはあまり変わってないが話す内容が人それぞれ変わった気がする

おそらくこれからもますますだろう



ふりかえってみれば中学の時点では僕らはほとんど同じ社会にいたわけだからほとんど変わってはいなかったはずだ


それがここまでそれぞれ変わった(もちろん悪い意味では全くないですが)というのはある意味衝撃的だったし興味深かった


ではなぜこうも変わるのか

そもそもぼくらの人生とは何か、と聞かれたらそのときそのときの思考と行動の結果、または集大成ということにすぎないと思う

なにも違っていなかったぼくらが違うようになった理由は
その後、あるいは在学中からかもしれないが考え方と行動がぼくとみんなとで異なった
ということに尽きると思う
そしてそれに直結するのが「時間の使い方」だとぼくは思う


俺の人生なんだったんだとか自分の今の状況や不幸を親や社会のせいにして嘆いている人は上のことをわかってないのかなと感じる

つまり今までの一つ一つが今の自分を形作っているわけで、そして同時に今考えていること、行動していることが未来を形作っているわけである



松下幸之助が「変えられるのは自分のみ」という言葉を残していたがまさにそうした意味でのことなのかなと初めて言葉の意味がわかった気がする



この手のことはいろんな本に書いてあるし、おそらくぼくもどこかで読んだ内容だろう

でも「知っている」ということと「本当に理解している、実際に行動している」ということにはとてつもなく大きな壁がある

しかし知らないというのは論外で知っているけどよくわかっていなかったこととか行動していなかったことなどを自分の経験に当てはめて一つ一つかみ砕いていくことが大事だと思う


そうした意味では今回の同窓会はぼくに大きなインプリケーションを与えてくれたという意味で大変有意義だった



しかし渡辺美樹が「昔の友達を大事にするというのは必ずしも正しくなく、人付き合いが変わっていくのは至極当然なこと」と言っていたが、実際今後中学の同期でも会う人は少しずつ限られてくるのかなとも思いすこしさびしい気持ちもあったけど



それにしても感じたのは、自分は大学に通わせてもらってるという時点で恵まれている、ということ

この環境は大事にしないとな

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